
周囲の環境に自分を合わせよう合わせようとして、それが当然だと思い込んで過ごしていたあの頃。 伝えたい言葉はいくつもあったはずなのに、飲み込んでしまう癖。 どうでもいいことはさらりと話せるのに、言わなきゃいけない・・この機会を逃したら・・と、思いつつ「良い人」を選んでしまう。
「私が悪かったんだ」
「私がいなきゃどうなるの」
「私がちゃんとしなきゃ」
「私が・・」
「私が・・」
結果は
「私」が悪いと判断できるまで、「議論」も「ぶつかりあい」もした訳でなく、「私」がいなくてもどこも普通にまわるし、「私」がちゃんとできなくても、それぞれが自分のできることは必ずある。
そんなこんなのやっかいな心の場所を、また違う「攻撃」を持った場所が攻め立てる・・
「あほやな~」
「今頃、気づいたの??」
「あなたなど、別に必要ないのよ」
「攻撃性」の矢は自分に突き刺さる。
「自分」が歪んでゆく。
「哀しみ」さえ、感じられなくなる。
そうして、闇の底に堕ちて行った。
心の中の「みずがめ」がいっぱいになる前に、何とか自分なりの方法を見つけて、水をくみ出してほしいと思う。
私も今、いろいろなことを経験しながら考えている。
ストレスのない生活なんてあり得ない。 自分と向き合い、自分の感情のバランスを客観的に評価し、自然の美しさや人の素晴らしさを感じることのできる毎日を送りたいのが夢だな・・
「夏」が近づくと、「もう社会生活は無理かもしれない」と医師から告げられたことを思い出す。
強く思うこと・・ 堕ちてしまっても、そこで疲れ果てるまで居たら、また何かが見えてくるかも知れないと思っている。
風が気持ちいいと感じられる今日の朝に・・・ ふと感じたこと。思い出してみたこと。
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